※語り手・日程は、やむを得ない事情により変更になる場合があります(敬称略)

講師紹介

山内静夫 山内静夫
1925年、小津と交流の深かった里見弴の四男として鎌倉に生まれる。48年松竹株式会社に入社。56年小津監督「早春」より小津組プロデューサーとなり、以降、小津の松竹全作品に携わる。78年松竹株式会社取締役。松竹退職後、鎌倉ケーブルテレビコミュニケーションズ代表取締役社長、鎌倉文学館館長、鎌倉市芸術文化振興財団理事長、鎌倉同人会理事長などを歴任。
受賞歴:89年「藤本真澄賞」、16年 第61回「映画の日」特別功労章
著書:『松竹大船撮影所覚え書』、『八十年の散歩』
長井秀行 長井秀行
1937年、小津安二郎の甥(小津の妹、登貴の長男)として東京で生まれる。60年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。97年(株)東芝イーエムアイ退職。早稲田大学グリークラブOB。学生時代より、伯父である小津が滞在していた蓼科に頻繁に通った。その後、小津の勧めもあって蓼科に山荘を構えている。
兼松熈太郎 兼松熈太郎
1937年、東京に生まれる。57年松竹大船撮影所(撮影課)入社。主に厚田雄春、小杉正雄氏に師事し小津作品(「彼岸花」「お早う」「秋日和」)に撮影助手として従事。70年、松竹退社後はフリー撮影監督として活躍。横浜博では大型映像IMAX作品を担当。02年から現在まで日本映画撮影監督協会の理事長を務める。04年から「撮影助手育成塾」を開校、塾長に就任。平成23年度文化庁映画功労賞受賞。平成26年度日本映画テレビ技術協会栄誉賞受賞。
宮本明子 宮本明子
東京工業大学 環境・社会理工学院助教。表象文化論、日本映画研究。小津安二郎監督作品の一次資料分析。小津監督をはじめ、関係者の書き込みの入る映画台本、ノート等の一次資料分析とともに、関係者への聞き取りを進めている。
左から野田靜、小津、野田、山内玲子、川西(笠)成子 川西成子
笠智衆と花観夫人の間には二男二女があり、その長女として大船(旧鎌倉郡、現在の鎌倉市)に生まれ育つ。父が蓼科に山荘を構えて以降今日まで約60年近く、娘時代は主に冬を、子供ができてからは夏を蓼科で過ごしている。蓼科での日常は両親ばかりでなく小津安二郎や野田高梧と過ごしたことも多かった。父が残した笠山荘を今でも現状のまま守っている。現在は、古儀茶道藪内流のお茶を楽しみながら主婦をしている。
スザンネ・シェアマン スザンネ・シェアマン
オーストリアのウィーン生れ。明治大学法学部教授。文学博士(早稲田大学)。研究分野は、日本映画史、比較文化論。著書に『成瀬巳喜男・日常のきらめき』(キネマ旬報社)。
フランスで初めて小津安二郎監督の作品と出会い、ドナルド・リチーの『小津安二郎の美学・映画のなかの日本』で日本映画研究をスタート。
杉原賢彦 杉原賢彦
1962年兵庫県生まれ。慶應義塾大学、立教大学、目白大学講師。各大学では映像・映画に関する講義を中心に担当している。それに並行して映像、映画評論家として紀伊國屋書店発売DVDの解説を多く手がけているほか、(株)IVCのフランス文芸DVDシリーズの解説も執筆。日仏学院において定期的に「映像と講演」の企画、運営を行っている。
柏木隆雄 柏木隆雄
1937年佐原市(現香取市)に生まれる。税理士事務所を経営しながら作詞活動を続け、音楽、歴史評論、アートプロデュースも手掛ける。生前の斎藤高順氏と公私ともども深い親交を結んだ。日本童謡協会理事、日本ペンクラブ会員。安曇野「早春賦音楽祭」顧問。著作に『柏木隆雄詩集かんさつ日記』(銀の鈴社)ほか。
斎藤民夫 斎藤民夫
1958年斎藤高順氏の次男として東京に生まれる。コンピューター関連の仕事を経た後、2015年10月に一般社団法人サイト&アート・デジタルアーカイブスを設立。全員が音楽家である兄妹とともに「サイトウ・メモリアルアンサンブル」を結成。小津映画音楽とトークによるライブイベントなどをプロデュースしている。
北川景貴 北川景貴
1955年、三重県鳥羽市に生まれる。1970年(昭和45年)叔父である北川靖記が営む美術工芸舗「貴多川」(赤坂)に職す。「貴多川」の屋号は小津が命名した。以来、約35年間主人の元で美術品の取り扱い、室礼を学ぶ。同時に、入江相政侍従長や梅原龍三郎、東山魁夷、橋本明治ら日本画壇の巨匠との交友を身近に見聞。2005年(平成17年)叔父の体調不良に伴う赤坂店の閉店を機に衣鉢を継いで上野池之端に「美遊居 きたがわ」を開店。

「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」実行委員会事務局
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